夜中に1人でキッチンに立って、洗い物をしていた。
ライブ配信の余韻がまだ残っていた。じわっとした満足感というか、あの「終わったあとに効いてくる」感じ。画面の向こうに人がいて、同じ方向を向いて、ときどき笑って。あの時間が好きなんです。情報を届けるというより、自分が何かを受け取れる感じがする。
そんな余韻のまま、シンクに向かった。
そこで、変なことに気づいてしまった。
シンクって、優秀すぎるんです。
1枚でも5枚でも、文句も言わずに受け止めてくれる。だから「あとでまとめて」が積み上がっていく。ところがいざ洗おうとすると、まず上の皿をどかすところから始まる。下の方はカピカピ。水も流しにくいし、洗ったやつを置くスペースすらない。
やることはただ洗うだけなのに、手前に余計な工程が何個もくっついてくる。
これ、洗い物だけの話じゃないぞ。
同じ構造が、あちこちに見えてくる。
LINEの返信。1件なら30秒で終わる。でも溜めると、スマホを開いては閉じて、億劫になっていく。経費やレシートも、その都度なら一瞬だけど、月末にまとめると3日がかりの作業に化ける。人間関係の違和感も同じで、その場で言えば30秒かもしれないのに、飲み込み続けると、いつか爆発する。
受け止められるからって溜めると、あとで「どかす作業」が増えていく。シンクと、ぜんぶ同じ話だ。
ここで少し、面白い研究の話を挟ませてください。
未処理のことは、ただやってないだけじゃない。頭の中でずっと鳴り続けるんです。「あれ返さなきゃ」「これやらなきゃ」と。手は止まっているのに、脳のメモリだけは食われ続けている。
これに、ちゃんと名前がついている。ツァイガルニク効果。
旧ソ連の心理学者ブルーマ・ツァイガルニクが1927年に報告した現象で、きっかけはレストランのウェイターの観察でした。注文中は細かく覚えているのに、会計が済んだ瞬間にきれいに忘れる。実験では、未完了の作業は完了した作業の約2倍、記憶に残り続けるとされています。脳は終わっていないことを「緊張状態」として保存し、リソースを割き続ける。
未処理が多い人ほど、何もしてなくても疲れる。サボっているからじゃない。開きっぱなしのタブを何十個も抱えたまま、ブラウザを動かしているような状態なんです。
「こまめに全部やりましょう」とは、言いません。
そんなの無理だと思っているから。
正直に言うと、僕は以前、どうでもいい連絡には即レスしながら、24万円の手続きを溜めていた。うちには娘が2人いて、幼稚園の無償化で月8万円もらえる制度がある。下の子が年少から年長に上がるタイミングで手続きの仕様が変わっていて、いつもより期限が厳しかった。「2週間くらい遅れてもいいや」といつものテンションで後回しにしていたら、ログインすらできなくなっていた。電話したら「期限が終わっています」と言われた。3ヶ月分、24万円がそのまま消えた。
皿どころの話じゃなかった。
あれ以来、気合いで頑張るのをやめた。溜まらない仕組みを、生活の中に小さく埋め込む方向に切り替えた。
ラハ研のメンバーと話していても、結局これなんですよね。大きく変えなくていい。派手な目標を立てて一気にやろうとすると、ほぼ続かない。そうじゃなくて、「今日これだけは落とさない」を1つ決めて、そこだけ仕組みで守る。その代わり、それ以外は堂々と溜めていい。
全部やろうとするから、全部が中途半端になる。
やる気でも根性でもなく、設計。
あなたのシンクに、今どのくらい溜まっていますか。
1枚でいい。返せていない返信でも、見て見ぬふりをしていた違和感でも。今日の皿は、今日流す。それだけで、明日の頭はすこし軽くなる。






